言語文化教育研究学会:Association for Language and Cultural Education

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第5号(2015年9月15日)

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言語文化教育研究学会メールマガジン 第5号
ALCE: Association for Language and Cultural Education

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■ 第5号:もくじ ■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■
--◆◇学会事務局より◇◆----------------------------------------------
ことばの教育をめぐる対話の場としてのメールマガジンをめざして

--◆◇月例会報告◇◆--------------------------------------------------
第33回「英国の演劇教育理論を導入した市民性育成のための日本語教育
 ― 英国公立小学校での実践報告」        福島青史氏,飛田勘文氏

--◆◇会員からの一言◇◆----------------------------------------------
制度を作ることとずらすこと                  牛窪隆太

--◆◇おしらせ◇◆----------------------------------------------------
【参加者募集:9月25日】第35回月例会「多文化共生と向き合う ― 表象行為
 から見えてくるリアリティ」オーリ・リチャ氏
【参加者募集:10月10日】関学日本語教育研究会講演会「『多』言語社会にお
 ける言語教育とは何か」尾辻恵美氏
【発表者募集:11月24日】言語文化教育研究学会第2回年次大会:「多文化共
 生」と向きあう
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■ 学会事務局より ■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■
ことばの教育をめぐる対話の場としてのメールマガジンをめざして
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言語文化教育研究学会、第2回年次大会(武蔵野大学)のテーマは「『多文化共
生』と向きあう」となりました。大会テーマの趣旨は、以下のように謳われて
います。

> テーマ設定の背景にある問題意識には、現在の日本・世界において、多様性
> の排除や異質なものに対する攻撃・排除がいたるところで起きているのでは
> ないか、そして、その状況は年々悪くなっているのではないかということが
> あります。多様性や異質なものに対する無関心・無理解もあります。ことさ
> らに取り沙汰される多様性がある一方で、光が当てられない、語られない多
> 様性があります。
> 
> 現在の日本社会には、多様なルーツ、背景をもつ人々が暮らしています。そ
> の多様性は、社会を豊かにするための可能性であると私たちは考えます。し
> かし、今の社会には多様性をうまく受け止められないために生じる問題も多
> く存在します。ヘイトスピーチの問題などもその一つだと考えられます。ま
> た、目に見える多様性―人種、ジェンダー等―は、多様性を単純化し、その
> 過程でマイノリティを作り出します。このような社会的状況の中、私たちは、
> 今一度、「文化」とは何か、「多様性」とは何か、そして、多様な文化的背
> 景をもつ私たちが「共に生きる社会」をどのように志向できるのか、そのた
> めにことばの教育は何ができるのかをともに議論したいと考えています。

今号の寄稿では、福島さん、飛田さんのお二人からは演劇教育理論を導入した、
これまでの日本語教育とは理念も能力育成観も異なる「実存的能力」(自尊能
力、他者尊重、学習に対する意欲、自信)育成のための実践についての報告が
あり、牛窪さんからは、教育制度という枠組みの中で、教師はいかに「同一性」
から自由であり続けるか、ということについての問題提起がありました。

この2つの寄稿から浮き彫りになってくるのは、「日本語教育」、あるいは
「教育制度」という領域や枠組みを認めつつも、そこにどのような多様性を追
求していけるのか、という問いであるのかもしれません。そして、この問いは
第2回年次大会テーマにもつながる問いなのではないかと思います。

このような今回の2つの寄稿からの問いを受けて本メールマガジンも、ことば
の教育をめぐる多様性やさまざまな問題について語り合うことができる場をめ
ざしていきたいと思います。

つきましては、今号、次号以降の寄稿で提起されていく問いかけについてのご
意見やご感想、あるいは会員のみなさんからの問題提起や報告などを積極的に
取り上げていきたいと思います。

ことばの教育をめぐる対話の場としてぜひ本メールマガジンをご活用ください。
(寄稿はezine@alce.jpまで)
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■ 月例会報告 ■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■
第33回「英国の演劇教育理論を導入した市民性育成のための日本語教育 ― 英
国公立小学校での実践報告」
          福島青史(元国際交流基金ロンドン日本文化センター日
          本語教育チーフアドバイザー)
          飛田勘文(桐朋学園芸術短期大学演劇専攻非常勤講師)
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第33回月例会にて、福島青史と飛田勘文は、「英国の演劇教育理論を導入し
た市民性教育のための日本語教育 ― 英国公立小学校での実践報告」の発表を
行いました。

まず、福島より、「なぜ、英国の初等教育の日本語教育が語学教育ではなく、
市民性教育なのか」を説明しました。欧州評議会の言語教育政策や、英国の言
語状況あるいは言語教育政策について解説しつつ、英国の初等教育で必修科目
として日本語を教える意義について議論しました。

日本語の言葉を覚えてもらうことは大切です。しかし、福島は、「日本語の実
践的運用力のみを目標にしてはいけない」と主張します。

英国の小学生が日本語を学習しても、実際に日本語を使用する機会は皆無に等
しいです。言語は使用しなければ忘れてしまうので、子どもが日本語の言葉を
忘れてしまっても、残していくべき能力はなんだろうかと考えました。

その答えとして、多言語・多文化社会に参加するために必要な能力、つまり「実
践的文化能力」や「学習継続力」、あるいは『ヨーロッパ共通参照枠』に登場
する「叙述的知識」「技能とノウハウ」「実存的能力」「学習能力」といった
ものを挙げます。

とくに、この「実存的能力」(自尊能力、他者尊重、学習に対する意欲、自信)
の育成において、市民性教育としての日本語教育に演劇を導入する価値はある
と指摘します。

次に、飛田が、「英国演劇教育の概要と言語教育との接点」について説明しま
した。ドラマ・ティーチャーのドロシー・ヒースコート(ヘスカットと記す場
合もある)の「理解のための演劇」について紹介し、それが市民性能力や実存
的能力の育成と繋がり、本実践の理論的土台を形成していることを確認しまし
た。

ところが、ヒースコートの演劇は、特定の演劇の技法―即興演技(インプロバ
イゼーション)に依存しているという問題を抱えています。そこで、学習をよ
り豊かなものにするために、私たちの実践では、飛田の恩師であるジョナサン・
ニーランズの「コンベンションズ・アプローチ」を導入したことを付け加えま
した。

最後に、福島と飛田の両方で、「『泣いた赤鬼』を利用した日本語教育の実践」
について報告しました。ロンドン南西地区に存在する多文化学校で、4年生を
対象に6回の授業を実施しました。

授業では、指示語や物語の鍵となる日本語の言葉については教え、それ以外は
英語で進めていきました。作品の選定理由としては、本作品に登場する自己犠
牲を前提とした利他主義の友情が、ヨーロッパの民主主義を考えるきっかけに
なるのではないかと考えました。

実際、ある生徒は、物語の劇化を通してそのテーマを正確に受け止め、「青鬼
との喧嘩の場面が気に入らない。赤鬼と青鬼は、なんらかの方法できちんと村
人と話すべきだった。そうすれば、青鬼は傷つかずに済んだ」と意見を述べて
くれました。

「果たしてこれが日本語教育なのか」という疑問はあると思います。

しかし、複言語主義的な立場からすれば、「日本語」という個別言語も、ある
子どもにとっての「ことば」の一部分にすぎません。「日本語」という異物を
子どもの「ことば」に混入させることにより、言語や文化を意識化し、より柔
軟な「ことば」を育成できると考えます。

つまり、ここでいう日本語教育は、「日本語」を教える教育ではなく、「日本
語」を通して「ことば」を育成する教育であるといえるでしょう。

私たちは、この活動を通じて、生徒が、自文化(自分たちの友情の形式 ― 抱
擁、握手、同じ動作をする、助ける、仕返しをするなど)を再確認し、他文化
に属する人間(赤鬼や青鬼)に共感や反発することを覚え、そして、先の生徒
の意見に見られるように、物語のテーマ(日本人が美徳とする友情)に挑戦す
ることができたのであれば、授業としては充分に価値があったのではないかと
考えています。

最後になりますが、来年1月頃に、英国の演劇教育の理論を導入した日本語教育
のワークショップを実施することが決まりました。よろしければ、ぜひお越し
ください。よろしくお願いします。

どうもありがとうございました。
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■ 会員からの一言 ■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■
制度を作ることとずらすこと
                       牛窪隆太(関西学院大学)
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今の職場に移ってきて、早一年が経とうとしている。日本語教育センターに所
属し、自分も留学生を対象とした授業を担当しながら、カリキュラム整備、コ
ース開発などをする中で、組織で働き、カリキュラムやコースをコーディネー
トするということは、制度の問題と密接にかかわる行為なのではないかと強く
感じている。

自分自身は、人に何かを押し付けたり、人から何かを押し付けられたりするこ
とが苦手である。教育現場について言えば、教育実践とは、実践を行う教師個
人の思想に基づいて展開されるべきものであると考えているし、教師が教育実
践について、何も思想を持っていないことはあり得ないことだとさえ考えてい
る。もちろん、教育実践がカリキュラムやコースの中で動いていることを考え
れば、そこに携わる教師の間で、全体目標についてある程度の合意は図られて
いるべきだろうし、それぞれが、自分で好き勝手にやればよいとも思わない。

複数クラスが横並びで、共通シラバスのもとに開講されており、学生がクラス
を選べないという環境においては、どのクラスでも同じ教育内容が準備されて
いることが必要とされる。シラバスが「学生との契約」と捉えられている昨今
においては、「授業内容は学生を見てから考えることにします」というわけに
はいかないのであり、コースのコーディネーターには、あらかじめ、何を目標
に何を学ぶか、どのように評価するのかということを、他の教師に対して明確
に示し、複数のクラス間で同じように運用できるようにしておくことが求めら
れる。それは、教育における「質の保証」、「平等性」という観点からも必要
なことであるという。

しかし、同一性による「質の保証」と「平等性」という発想は、果たして個々
の教育実践、ひいては、ことばの教育を豊かにするものなのだろうかという疑
問を常々感じている。

コーディネーターが教育内容を設定し、管理することで、「質が保証」され
「平等性」が担保されるというためには、いくつかの前提が必要となってくる
ように思われる。まず、コーディネーターによって設定される教育内容が、他
の教師が考えるものよりも優れている必要がある。そして、コースを担当する
それぞれの教師は、設定された教育内容を教室の中で正確に再現するための技
術を持っていなければならないということになる。ここで設定される教育内容
とは、優れているほどよいというものでもない。それは他の教師の技術で、再
現可能なものでなければならないからである。つまり、国語教育における大村
はまの実践のように、その教師の生き方が刻印された優れた教育実践は、他の
教師が再現できないという理由により、共通シラバスのプログラム内容には据
えられないということになる。そして、「平等性」を保つためには、現場で教
育実践を担当する教師もまた、自身の裁量(や優れた技術)によって、教育内
容を変更してはならず、電子レンジで冷凍食品を解凍するように、正確に内容
を再現するための技術が求められる。例えば、教師が、クラスで自作のプリン
トを配布するなどということは、他のクラスの学生にとって不平等なことであ
り、クラス間で配布されるプリント、伝達される知識内容、なされる活動は、
すべて揃えられていなければならないという。そのことによって、学生たちは
どのクラスでも「質が保証」された教育内容を「平等に」享受することができ
るからである。

では果たして、このようにして実践されることばの教育は豊かなのだろうか。
私には、到底そうとは思えない。私は、自分の教育実践が、他の教師にそれを
押し付ける正当性をもつほどのものであるとは思えないし、仮に優れていたと
しても、それは自分にしかできないものであると考えたい。教師と学生が人間
であり、人間の間に起こる交流がメンバーによって、決して同一のものにはな
らないことを考えても、同じ教育実践が再現可能であるという前提そのものを
疑いたい。

カリキュラム整備やコース運営において、その役にあるものが、自分の仕事を
疑わず、良心的にプログラムを丁寧に作り込んでいけばいくほど、ことばの教
育は窮屈で貧しいものになっていく。しかしその一方で、その役にある以上、
与えられた役割を放棄するわけにもいかない。また、よく言われるように、何
もないところからは、創作も自由も生まれないというのも事実であろう。そう
であるならば、必要なのは、制度を作りつつ、そこから自分をずらし逃れてい
くことである。そしてそれと同時に、同一性に縛られた教師文化そのものを多
様なものへと変えていくことなのではないか。最近、教育プログラムにおける
コーディネーターの仕事とは、そんなことではないかと考えている。
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■ おしらせ ■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
━【参加者募集:9月25日】━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
第35回月例会
発題者:オーリ・リチャ氏(千葉大学)
テーマ:多文化共生と向き合う―表象行為から見えてくるリアリティ―
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◆日時:2015年9月25日(金)18:00~19:45
◆場所:早稲田大学早稲田キャンパス22号館715教室
◆参加費:無料・予約不要(当日、直接会場にお越しください)

我々は世の中の「常識」に異常のこだわりを持ち、それを疑うことはほとんど
ない。水の存在が当たり前である魚のように、水の外にでなければそのリアリ
ティに気付くことはない。

我々も「常識」の枠を超えない限り、その「常識」が生み出す排除、ステレオ
タイプ、人種主義、差別等のリアリティに気付くことはないだろう。では、
「常識」の枠を超える、とはどういうことなのだろうか。

その答えを今回は表象に求めたい。
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━【参加者募集:開催日迫る!】━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
第17回 関学日本語教育研究会 講演会
講演タイトル:「多」言語社会における言語教育とは何か
講演者:尾辻恵美氏(シドニー工科大学)
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◆日時:2015年10月10日(土)14:00-16:00(13:30開場)
◆場所:関西学院大学大阪梅田キャンパス(K.G.ハブスクエア大阪)
    ※阪急梅田駅茶屋町口から北へすぐ
◆一般公開(どなたでもご参加いただけます)
 入場無料(事前申し込み順先着90名まで)

「多」言語社会において求められる言語教育・言語教育研究とはどのようなも
のなのでしょうか。「メトロリンガリズム」を提唱されているオーストラリア
の社会言語学者、尾辻恵美さんをお招きし、街の言語使用の実態から考えます。
申し込み方法についての詳細は下記URLから。

http://www.kwansei.ac.jp/cjle/event/2015/event_20151010_006390.html
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━【発表者募集】━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
言語文化教育研究学会 第2回年次大会
テーマ:「多文化共生」と向きあう
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言語文化教育研究学会では、第2回年次大会を、以下の要領で開催します。

◆日時:2016年3月12日(土)~13日(日)
◆場所:武蔵野美術大学
◆お問い合わせ:annual@alce.jp(年次大会実行委員会)

大会テーマ主旨

「多文化共生」と向きあう。私たちは、第2回年次大会のテーマをこのように
設定しました。

テーマ設定の背景にある問題意識には、現在の日本・世界において、多様性の
排除や異質なものに対する攻撃・排除がいたるところで起きているのではない
か、そして、その状況は年々悪くなっているのではないかということがありま
す。多様性や異質なものに対する無関心・無理解もあります。ことさらに取り
沙汰される多様性がある一方で、光が当てられない、語られない多様性があり
ます。

現在の日本社会には、多様なルーツ、背景をもつ人々が暮らしています。その
多様性は、社会を豊かにするための可能性であると私たちは考えます。しかし、
今の社会には多様性をうまく受け止められないために生じる問題も多く存在し
ます。ヘイトスピーチの問題などもその一つだと考えられます。また、目に見
える多様性―人種、ジェンダー等―は、多様性を単純化し、その過程でマイノ
リティを作り出します。

このような社会的状況の中、私たちは、今一度、「文化」とは何か、「多様性」
とは何か、そして、多様な文化的背景をもつ私たちが「共に生きる社会」をど
のように志向できるのか、そのためにことばの教育は何ができるのかをともに
議論したいと考えています。

(年次大会実行委員・シンポジウム企画担当:神吉宇一、佐藤慎司、三代純平)

◆シンポジウム 1:「多文化共生」に対する私のとりくみ――多様なジャンル、
 アプローチのセッションから語る「多文化共生」の未来
 パネリスト: 杉山春、田室寿見子、藤田ラウンド幸世
 コーディネーター・司会: 神吉宇一
◆シンポジウム 2:「多文化共生」と多様性――教育に何ができるのか
 パネリスト: 宇都宮裕章、南浦涼介、山西優二、ヤン・ジョンヨン
 コーディネーター・司会: 佐藤慎司
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◆発表者募集:2015年11月24日(火)締切
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応募内容:言語・文化・教育に関わるもの(大会テーマ以外の内容も応募可能)
応募締切:2015年11月24日(日本時間23:59)
結果通知(予定):2015年12月下旬
応募資格:言語文化教育研究学会の会員であること

未入会の方は、応募2週間前までに入会手続きをお願いします。
会員は、当該年度の会費を応募2週間前までに納入してください。
応募先・お問い合わせ:annual@alce.jp(年次大会事務局)
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誌 名:言語文化教育研究学会メールマガジン 第5号
発行日:2015年9月15日
発行所:言語文化教育研究学会 事務局
    〒187-8505 東京都小平市小川町1-736
    武蔵野美術大学鷹の台キャンパス三代純平研究室内
編集、発行責任者:言語文化教育研究学会広報・連携委員会 松井孝浩
お問い合わせ・情報掲載依頼:ezine@alce.jp
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