言語文化教育研究学会:Association for Language and Cultural Education

2016年度の記録

月例会企画「言語教育を生態学的に考える その2―『にほんごのたびver.2.0』より」

ことばの学習を生態学的に捉えるとは,どういうことだろうか。2016年7月9日行われた「言語教育を生態学的に考える」では,宇都宮さん,さいとうさんからの話題提供をもとに,「生態学的な観点で捉えることにより,言語教育実践がどのように変わっていくか」等に関し,やりとりしました。(「言語教育を生態学的に考える」の内容に関しては,概要,および,報告をご参照ください。)

今回は,その第二弾として,ひとつの活動「にほんごのたびver.2.0」で観察されたことを素材に,ことばの環境,ことばのアフォーダンス,関係性,という生態について考えます。

  • 日時: 2017年3月25日(土)14:00~16:00
  • 会場: 早稲田大学早稲田キャンパス22号館715教室
  • 話題提供者: 宇都宮裕章さん(静岡大学),齋藤智美さん(早稲田大学)
  • 参加費: 無料
  • 予約: 不要(当日,直接会場にお越しください。)
  • お問い合わせ: monthly@alce.jp(月例会委員会事務局)
  • チラシをダウンロード
  • 当日使用されたスライド&ノート

話題提供者紹介

宇都宮 裕章(うつのみや ひろあき)
学生の時から学校現場での日本語教育にかかわってきた縁で,言語教育の問題に取り組み始める。共立女子大学,横浜国立大学を経て,現在は静岡大学学術院教育学領域に所属。2003年にブリティッシュコロンビア大学へ研修留学した際,教育言語学の捉え方に感銘を受け,以降学校教員との協働で理論と実践をつなぐ研究を行っている。主著は『教育言語学論考』『生態学が教育を変える(訳)』『新ことば教育論』など。
齋藤 智美(さいとう さとみ)
プライベートレッスンという形態で日本語教育に関わり始めた。その経験から「個人がそれぞれの環境でどう学習しているのか,環境をどう捉えているのか」ということから研究を始める。場BaとSprachspiel,脱学習,意味づけ論などの視点から,ことばの学習環境を考え続けている。現在,早稲田大学日本語教育研究センター所属。

参考資料

  • 宇都宮裕章(2011).『新ことば教育論―いのち・きもち・だいちの考察』風間書房.https://www.kazamashobo.co.jp/products/detail.php?product_id=529
  • 宇都宮裕章(2006).『教育言語学論考―文法論へのアンチテーゼと意味創りの教育』風間書房.http://www.kazamashobo.co.jp/products/detail.php?product_id=846
  • 齋藤智美(2006).つながりのプラットフォームとしての教室『WEB版日本語教育 実践研究フォーラム報告』http://www.nkg.or.jp/kenkyu/Forumhoukoku/saito.pdf
  • Leo van Lier(2009).宇都宮裕章(訳)『生態学が教育を変える―多言語社会の処方箋』ふくろう出版(Van Lier, Leo (2004). The Ecology and Semiotics of Language Learning: A Sociocultural Perspective. Boston: Kluwer Academic.).http://www.296.jp/books/data_books/t1000000398/index_html

2017年2月9日
月例会企画「田島充士さんとの対話――バフチンおよびヴィゴツキー理論と言語文化教育」

社会文化的アプローチは,バフチンおよびヴィゴツキー理論によって,学習者の発達過程に関する知見を拡張していこうとする分析枠組みです。社会文化的アプローチでは学習者のことばの学習を,社会的文脈=社会文化的枠組みによって構成されるものと規定する一方で,同時に学習を行う者自身の視点や解釈が既存の社会文脈を変更していくとしており,この双方向的な変化を捉える枠組みとして「対話」という視点に注目しています(田島,2010,p. 12)。

本学会の会員には,上述したような社会文化的アプローチにおける言語観,学習観にもとづき,言語教育実践を展開されている方も多いのではないでしょうか。しかしながら,社会文化的アプローチの基盤となるバフチンおよびヴィゴツキー理論は,その難解な記述ゆえに,諸概念の十分な理解に相当な困難を伴います。そこで,本月例会企画では,教育心理学・臨床心理学の立場からバフチンおよびヴィゴツキー研究を展開されている田島充士さん(東京外国語大学)をお招きし,バフチンおよびヴィゴツキー理論をめぐり,対話する機会を設けます。具体的には,田島さんの論考を手がかりに,バフチンおよびヴィゴツキー理論と言語文化教育の関係に関し,参加者全員で対話します。

  • 田島充士(2010).『「分かったつもり」のしくみを探る――バフチンおよびヴィゴツキー理論の観点から』ナカニシヤ出版.
  • チラシ: 日時: 2017年2月9日(木)18:00~20:00
  • 会場: 早稲田大学 早稲田キャンパス22号館 719教室[アクセス
  • 参加費: 無料
  • 事前申込: 不要

講師:田島充士(たじま あつし)さん

2006年筑波大学大学院博士課程人間総合科学研究科心理学専攻修了。博士(心理学),学校心理士。専門は,教育心理学,発達心理学,臨床心理学。現在,東京外国語大学大学院総合国際学研究院准教授。

田島さんに関する詳しい情報(研究業績等)

事前準備

まずは,参加者から田島さんに対し,下記の論文の内容に関する疑問をぶつけるところから,対話を始めてみたいと思います。必ず事前に論文を読んだうえで,ご参加ください。

  • 田島充士(2014).ヤクビンスキー・バフチン・ヴィゴツキーの論にみるモノローグ・ダイアローグ概念の展開――社会集団の斉一性と人格の独自性とをめぐって『ヴィゴツキー学』別巻3,1-20.http://hdl.handle.net/10108/87544
  • 田島充士(2016).言葉の理解およびその教育可能性をヴィゴツキー・内言論から捉える――スタニスラフスキー・ポドテキスト論を補助線として『ヴィゴツキー学』別巻4,45-57.http://hdl.handle.net/10108/87545

第49回月例会
第3回年次大会「言語文化教育のポリティクス」プレ企画――わたしたちは何と闘っているの

  • チラシ: 日時: 2017年1月28日(土)14:00~15:45
  • 会場: 早稲田大学早稲田キャンパス22号館 615教室[アクセス
  • 参加費: 無料
  • 予約: 不要(当日,直接会場にお越しください)
  • お問い合わせ: monthly@alce.jp(月例会委員会事務局)
  • チラシをダウンロード

言語文化教育研究学会第3回年次大会[ご案内]では,言語文化教育の「ポリティクス」を「言語文化教育・学習者,教室・機関等を取り巻く,あるいはその中にある大小の力関係」と定義し,この権力構造を把握した上で,「ポリティクスの網の目を解きほぐし言語文化教育の可能性を広げる」ことをめざしています。

こうした言語文化教育を取り囲む,あるいは内包する「大小の力関係」は多岐にわたり,その要因,構造も様々だと思われます。不安定な雇用形態や雇用者からの要望,同僚の教育観,学生の学習観,あるいは業界外の人からの一言,言語教育を取り巻く環境や政策の変化など,わたしたちが出会う「大小の力関係」は実に様々です。また,一つの事例にさまざまな要因や構造が複雑に絡み合っている場合もあります。

第49回月例会では,年次大会に先立ち,わたしたちが日々出会っている「大小の力関係」を持ち寄り,「何を相手に」「なぜ」を問いながら,皆さんでその構造のいくつかを紐解く場を開いてみようと思います。

この場で考えてみたい「ポリティクス」に関する事例をお持ち寄りください。

(言語文化教育学会月例会委員)

第48回月例会
社会とつながる日本語教育を「見える化」するために――あいあい×ムサビプロジェクトのドキュメンタリー映像から

  • チラシ: 日時: 2016年12月17日(土)14:00~16:00
  • 会場: 早稲田大学早稲田キャンパス22号館 615教室[アクセス
  • 参加費: 無料
  • 予約: 不要(当日,直接会場にお越しください)
  • お問い合わせ: monthly@alce.jp(月例会委員会事務局)
  • チラシをダウンロード

話題提供:三代純平さん(武蔵野美術大学),首藤なずな さん(武蔵野美術大学芸術文化学科学生),福村真紀子さん(多文化ひろばあいあい主宰)

社会とつながる日本語教育が注目を集めています。「社会とつながる」ということばには,社会の中でことばを学ぶということだけではなく,ことばを学ぶ実践を通じて,よりよい社会をめざしていこうということが含意されています。しかし,このような実践はいかに評価されるべきなのでしょうか。参加者は何を学んでいるのでしょうか。また,そもそも「学び」とは何なのでしょうか。まだまだ議論しなければならないことが山積しています。この議論を可能にするための一つの方法として,話題提供者の三代は,実践の映像化を試みました(*1)。社会とつながる日本語教育実践の学びは,個人の能力にも還元できず,単純に数字で測定することもできません。しかし,実践のプロセスを映像として残し,共有するならば,映像から実践の意味をそれぞれが感じとり,それを議論することはできます。現在さまざまな場所で実践されている社会とつながる日本語教育を「見える化」し,批判的に共有していくことで,社会とつながる日本語教育をより発展させることができるのではないでしょうか。

そこで,本発表では,社会とつながる日本語教育の「見える化」の試作として作られた「あいあい×ムサビプロジェクト」(*2)のドキュメンタリー映像を視聴した後,以下の2点について参加者の皆様と議論したいと考えています。

  1. 映像から見える実践の意義と課題とは何か
  2. 実践を「見える化」するためには,何をどう見せればよいのか

*1 映像の制作は,武蔵野美術大学芸術文化学科の首藤が担当しました。

*2 「あいあい×ムサビプロジェクト」とは,武蔵野美術大学上級日本語の履修生が,多文化交流と個々人の自己実現を目的とした,市民の活動「多文化ひろば あいあい」と共に,日野市子ども家庭センターの協力のもと,日野市の親子の国際交流を目的としたイベントを開催するというプロジェクトです。

第47回月例会
都市空間はどのように言語教育の場・素材となりうるのか?――言語景観を教材とした英語教育の実践から

  • チラシ: 日時: 2016年11月26日(土)14:00~15:45
  • 会場: 早稲田大学早稲田キャンパス22号館 615教室[アクセス
  • 参加費: 無料
  • 予約: 不要(当日,直接会場にお越しください)
  • お問い合わせ: monthly@alce.jp(月例会委員会事務局)
  • チラシをダウンロード

話題提供:吉田孝子さん(横浜商科大学)

本月例会では,都市空間がどのように言語教育の場・素材となりうるのか考えていきたい。

近年,街の言語景観(linguistic landscapes)に関する研究が盛んに行なわれている。これらの研究では,街にあふれる多言語標識(看板や公的な警告や注意書きなど)やグラフィティをデータとして,言語政策・言語イデオロギーがどのように空間に表象されているのかが明らかにされてきた。この言語景観は社会言語学の研究にとどまらず,新たな言語教育の素材としても捉えられつつある。

本月例会の話題提供者である吉田も,勤務校の横浜商科大学1年生を対象とした英語の授業で,街の言語景観を1つの学習素材として扱った。その理由は,英語が学習者の生活空間と切り離され,日本の「外」にあるものという位置付けに疑問を感じていたからである。そこで今年度の英語の授業の一環として,言葉に焦点をおいて,学生一人ひとりに街を観察してもらった。言語標識のようなモノを写真におさめるだけでなく,街で見かけた日本語以外のことばを話す人々も観察対象とした。その目的は,言語体系を実践的に学ぶ,ということに限らない。都市空間にあふれる,英語・日本語を含む様々な言語を使用した看板や広告・チラシなどが,一体だれに向けられているのか,またはだれは対象とされていないのか,批判的に考えさせる目的もあった (Malinowski,2015)。この実践は,まだ試行段階にすぎず,都市空間を学習素材として言語を教える・学ぶという点では十分ではない。しかし,学生の言語意識を目覚めさせるという点において意義を見いだすことができた。また,このような実践では,多くの英語教科書の舞台設定にあるような日本の「外」ではなく,学習者の生活空間が学びの場としてぐっと引き寄せられることになる。英語やその他の言語は,日本の「外」にある遠い存在,そして時に憧れの対象にすぎないかもしれない。それが身近な場に存在していると認識することで,国家と言語・文化・エスニシティに対する学生たちの考え方が揺さぶられる可能性もある。それに対して,教員はどのように対処していくべきなのかという課題も浮かび上がった。

本月例会では,まずMalinowski(2015)による言語景観を学習教材として扱う際の空間の捉え方を説明し,吉田の実践と学生たちの意識の変化を紹介します。それから,参加者の方々とともに,以下の2点について考えていきたいと思います。

  1. 言語景観を教材に,どのような教育実践がありうるのか?
  2. 実践を行う上で,教員はどのような点に配慮しなければならないのか?

英語教育関係者だけに限らず,留学生を対象とした日本語教師の方々,地域の日本語教室に携わっている方々,外国につながる生徒を支援されている方々などにも広く参加して頂き,私たちが生活している都市空間がいかに言語教育・学習の場となりうるのか,様々な立場からご意見をいただきたいと思います。

文献
  • Malinowski, D. (2015). Opening spaces of learning in the linguistic landscape Linguistic landscape. An International Journal, 1(1), 95-113.

第46回月例会
国際交流ラウンジの業務を通して多文化共生をどう実現するか?――横浜市鶴見区での活動事例から

  • 日時: 2016年10月28日(金)18:00~19:45
  • 会場: 早稲田大学早稲田キャンパス22号館 615教室[アクセス
  • 参加費: 無料
  • 予約: 不要(当日,直接会場にお越しください)
  • お問い合わせ: monthly@alce.jp(月例会委員会事務局)
  • チラシをダウンロード

話題提供:松井孝浩さん(横浜市国際交流協会鶴見国際交流ラウンジ館長)

日本語教師をしていた私は今年の5 月に横浜市鶴見区にある国際交流ラウンジの運営責任者として着任しました。そして今,国際交流ラウンジの業務を通して多文化共生をどのように実現していくかについて試行錯誤を繰り返しています。

そこで日本語教師という立場から捉える多文化共生と,国際交流ラウンジの運営責任者としての立場から捉える多文化共生は異なることに気づきました。後者の立場から降りかかる多文化共生をめぐる問題群(人権,就労,就学・進学,家庭などの諸問題)は,切実で生々しく,時には自分自身の人生や生活にも厳しく突き刺さります。

それは,「教室で教師として学習者に接する」という一種の「舞台装置」から離れ(あるいは引きはがされ),様々な問題に直接接していかざるを得ないという状況に由来するものかもしれません。

国際交流ラウンジでも地域の日本語教室が運営されています。元日本語教師として感じることもあるのですが,それに加えて国際交流ラウンジの運営責任者として新たに感じることもあり,それはやはり元日本語教師の私とはまた違った感覚です。地域の日本語教室は多文化共生をめぐる問題群(人権,就労,就学・進学,家庭などの諸問題)にどのようにアプローチできるのか,また,それはどのような学習活動によって実現できるのか?

その中で,どのように地域の日本語教室を捉え,その先にある多文化共生をどのように具体的に実現していくのか?あるいは,個々の現場で日本語教師は日々の実践を通してどのように多文化共生を実現していけるのか?

会場のみなさんと考えていきたいと思います。

第45回月例会
留学生対象自律学習科目における評価ルーブリックの試作

  • 日時: 2016年9月24日(土)14:00~15:45
  • 会場: 早稲田大学早稲田キャンパス22号館 208教室[アクセス
  • 参加費: 無料
  • 予約: 不要(当日,直接会場にお越しください)
  • お問い合わせ: monthly@alce.jp(月例会委員会事務局)
  • チラシをダウンロード

話題提供:小林ひとみ氏(神田外語大学),松本陽子氏(東京福祉大学)

ルーブリックとは,一般的に「ある課題をいくつかの構成要素に分け,その要素ごとに評価基準を満たすレベルについて詳細に説明したもので,様々な課題の評価に使うことができる」(スティーブンス,レビ,2014)とされています。

本月例会で発表するルーブリックは,神田外語大学留学生別科の自律学習科目において,学習者による自律学習のリフレクション記述に対し,その改善のフィードバックをする目的で使用することを想定しているものです。自律学習のリフレクション記述に求められる要素を評価項目にたて,1~4等の段階に分けてその達成度を説明した文言を記載した表形式のものを作成しています。

学生が「自分の学習に関する意思決定を自分で行う」(青木,中田,2011,p. 2)ことができるようになれば,学習者オートノミーが育成され,将来においても効果的な日本語学習を継続することが可能です。そのため,本学留学生別科では,協定校からの交換留学生,提携企業等からの外国人社会人聴講生,ならびに米国の留学機関からの受入れ留学生等を対象に日本語の自律学習を開講しています。

本月例会では「学習者による自律学習のリフレクション記述」を,学生が自己やピア学生に対して使用したり,教師が学生に対して使用したりするために作成した試作版のルーブリックをたたき台にして,自律学習のフィードバックや評価について皆様と様々な議論をしたいと思っています。今回の議論を参考にルーブリックを改善し,それを用いた実験(本学留学生が自己やピア学生のリフレクション記述に対して使用/本学教師が学生の記述に対して使用する)によって有効性を調査し,さらに改善を重ね,来年度から実際に授業で用いることを想定しています。

文献
  • スティーブンス,D. D.,レビ,A. J.(2014).佐藤浩章(監訳),井上敏憲,俣野秀典(訳)『大学教員のためのルーブリック評価入門』玉川大学出版部.
  • 青木直子,中田賀之(2011).学習者オートノミー――初めての人のためのイントロダクション.青木直子,中田賀之(編)『学習者オートノミー――日本語教育と外国語教育の未来のために』(pp. 1-22)ひつじ書房.

第44回月例会
日系カナダ人はいかにしてカナダ市民となったのか――多文化主義への移行期における市民運動から探る

  • 日時: 2016年7月23日(土)14:00~15:45
  • 会場: 早稲田大学早稲田キャンパス22号館 8F会議室[アクセス
  • 参加費: 無料
  • 予約: 不要(当日,直接会場にお越しください)
  • お問い合わせ: monthly@alce.jp(月例会委員会事務局)
  • チラシをダウンロード

話題提供:秋山幸さん(早稲田大学大学院日本語教育研究科)

話題提供者は,1980年代以降に日本から渡加した人たちに縁があり,子どもの言語教育に対する意識を調査してきました。調査協力者らはよく日系カナダ人について,「どうやって生きてきたのだろう」と話します。自分や子どもの未来を日系カナダ人に重ね合せているように思え,自分自身も日系カナダ人の歴史に向き合ってみようと思うに至りました。

日系カナダ人の歴史は1877年に始まり,来年で150年を迎えます。この間,日系人はカナダ市民としての地位確立のために長い年月を費やしました。カナダ社会が,イギリス系市民を中心とした序列型から多文化主義へと変容を遂げるなかで,日系カナダ人は,「カナダ市民」像を当該地の人とともに模索し,市民運動を展開しました。月例会では,ブラジルやハワイなどの日系人の歴史との重なりや異なりと合せて紹介します。

カナダに限らず,「日系人」は,その言語・文化・アイデンティティをめぐり,「日本人としての民族的表象と不可分」(山東,2005:139)にして語られることがあります。このような「日本人としての民族的表象」に比較して,日系カナダ人の営みはどのようなものとして捉えることができるか,そして,彼らの運動のプロセスからわたしたちは何を学ぶことができるかを考える機会となればと思います。

参考資料

第43回月例会
久保田竜子『グローバル化社会と言語教育』を読む
――言語教育の「商品化」と「消費」を考えるシンポジウム(第3回研究集会 IN 香港)プレ企画

  • 日時: 2016年6月25日(土)18:00~19:45
  • 会場: 早稲田大学早稲田キャンパス22号館 615教室[アクセス
  • 参加費: 無料
  • 予約: 不要(当日,直接会場にお越しください)
  • お問い合わせ: monthly@alce.jp(月例会委員会事務局)
  • チラシをダウンロード

来る7月16~17日に『言語教育の「商品化」と「消費」を考えるシンポジウム(第3回研究集会 IN 香港)』が開催されます。

シンポジウムにおいては、「商品化」と「消費」がそれぞれ次のように定義されています。

  • 「商品化」: ある物や活動が経済的行為と結びつき、価値を持つようになること。
  • 「消費」: 人々が商品化された物や活動に対価を支払い、手に入れ、欲望充実やアイデンティティ構築のために費やすこと。

第43回月例会では、上記のシンポジウムのプレ企画として、基調講演者の一人である久保田竜子氏の著作『グローバル化社会と言語教育――クリティカルな視点から』(くろしお出版)所収の次の論文を題材に「言語教育の「商品化」と「消費」」に関し、議論します。

  • 第4章 言語道具主義への問い――英語・新自由主義・日本における言語テスト
  • 第5章 余暇活動と消費としての外国語学習――楽しみ・願望・ビジネス英会話を考える

私たち言語教育に携わる者は、外国語の商品としての側面や外国語学習の消費としての側面を看過しがちです。一方で、現代社会において、言語教育と経済的行為は切っても切れない関係にあります。本月例会では、上記の論文を媒介に、参加者それぞれが言語教育の「商品化」と「消費」にどのように向き合うかに関し、つっこんだやりとりができればと思います。

なお、本月例会には、『グローバル化社会と言語教育』の翻訳協力者である佐野香織さん(早稲田大学)、瀬尾匡輝さん(茨城大学)、瀬尾悠希子さん(大阪大学大学院)、米本和弘さん(東京医科歯科大学)が参加されます。

事前準備

参加される方は、次のとおり、事前準備をお願いします。

  1. 上記の論文を読む。
  2. 論文の内容に基づき、月例会にて参加者と話し合ってみたいポイントを準備する。
参考資料

第42回月例会
ことばは誰のものなのか――日本思想の観点から考えた言語教育

  • 日時: 2016年5月28日(土)14:00~15:45
  • 会場: 早稲田大学早稲田キャンパス22号館 206教室[アクセス
  • 参加費: 無料
  • 予約: 不要(当日,直接会場にお越しください)
  • お問い合わせ: monthly@alce.jp(月例会委員会事務局)
  • チラシをダウンロード

話題提供: ロマン・パシュカ(神田外語大学)

「忘れられた思想家」安藤昌益(1703~1762)は,彼自身が生きた世の中について「私法世」と「自然の世」と,大きく二つに分けて論じている。「私法世」とは,支配者が作り出した「法」の下で封建制度そのものが存在する現実社会のことであり,「自然の世」とは身分の差別のない,平等な,自然と共生する社会のことである。昌益は「私法世」を批判しながら「自然の世」を描写し,その中で学問の質やあり方,言葉の意味や言語の社会的な役割,書くことの意義など,様々なテーマに触れていく。そして,「自然の世」と「私法世」との大きな違いの一つは,ことばそのものの存在にあると唱えている。

日本思想史の研究を,そして言語教育を,両方実践している身としての話題提供者には,「そもそも,ことばは誰のものなのか」という問いが自然に生まれた。その問いを再出発の点にし,昌益が論じる「自然の世」における言語の意義を踏まえた上で,現在の言語教育のあり方を問い直す必要性を提唱したい。

第41回月例会
日本語習得過程におけるネットワーク形成と社会参加――在日インド人ビジネスパーソンの事例から

  • チラシ日時: 2016年4月22日(金)18:00~19:45
  • 会場: 早稲田大学早稲田キャンパス22号館8階会議室[アクセス
  • 参加費: 無料
  • 予約: 不要(当日,直接会場にお越しください)
  • お問い合わせ: monthly@alce.jp(月例会委員会事務局)
  • チラシをダウンロード

話題提供: 鈴木真奈(鈴木日本語アカデミー代表)

私は2009年,突然日本語教師になりました。近所のインド人に「日本語を教えてくれないか」と頼まれたのがきっかけです。私の実践の場を一言で表現すると,「人と人を繋ぐ場」でしょうか。まず,2014年以来,教室実践をずっと公開しています。毎週,誰かと知り合うのが当然の教室になっており,そうした教室の文脈が自然なコミュニケーションに繋がっていると感じます。また,学習者の主体性を保証するサイレント・ウェイに共感し,2012年以来,教授法として取り入れています。SWはレクチャー的なことをほとんどしないので,学習者同士が常に助け合い,相互理解が促進されます。

一方,永住者として生活している長期滞在者の中には,80年代,90年代に来日し,職場環境をうまく利用して現場でことばを習得し,社会参加を果たしている方もいます。こうした多様な日本語学習者が増える今,学習者側の習得問題を扱うだけでは限界があります。関わっていく私たちの役割は何か,そんなことを色々話し合えたらと思います。