言語文化教育研究学会:Association for Language and Cultural Education

第8回研究集会プレ企画
わたしがほしい“コミュニティ”は
[   ]のようなコミュニティ。

2020年8月29日:ZOOM開催

第8回研究集会開催にあたって,8月にプレ企画を行います。

なぜこのようなメタファーのコミュニティがほしいのか,ことばを紡ぎ,対話をすることを通して,ほしい,またはつくりたい“わたし”のコミュニティや未来をどうしたいのか,それはなぜなのか,について対話を行い,未来から現在を考えていく企画です。

企画2: 「わたしたちがほしいコミュニティ」をつくるオンライン対話会

  • 日時: 2020年8月29日(土)21:00~22:30*a
  • 実施方法: ZOOMにて開催
  • 募集人数: 30名(拡大も検討予定)
  • 参加費: 無料
  • 参加資格: なし
  • 申し込み方法: 定員に達しました。キャンセル待ちを受け付けています。キャンセル待ち受付フォームよりお願いします(8月22日(土)締切)。*b,*c
  • お問い合わせ: meeting@alce.jp(研究集会事務局)
  • *a できるだけ世界中の方にご参加いただけるよう設定しております。
  • *b 申し込み後,ご都合つかずキャンセルされる場合は,meeting@alce.jp(研究集会事務局)までご一報ください。他の方に参加の機会をお譲りいただけますと大変助かります。
  • *c プレ企画の参加は研究集会参加の条件ではありません。プレ企画のみのご参加,または研究集会のみのご参加・ご発表が可能です。

参加報告

1.開催趣旨

まず、“わたし”の視座から、「わたしがほしい“コミュニティ”は[   ]のようなコミュニティ」の「   」に入るメタファーについて考えることをきっかけに,ことばを紡ぎ,対話をすることを通して,ほしい,またはつくりたい“わたし”のコミュニティや未来をどうしたいのか,それはなぜなのか,について未来から現在を考えていき、“わたしたち”の視座につなげる企画です。

2.研究集会委員参加報告

藤川純子(小学校教諭、JICAボランティアOG)

「コミュニティ」という言葉から各人が連想するものは、けっこう違う。はじめ私自身は自分の勤める学校の”校区”のようなものを思い描いていた。事前アンケートをざっくり拝見すると、職場、サークル、町内会、学校、SNS…と多様な意見が並んでいる。

まず、表題の〔   〕に何らかのメタファーを投げ込んでいくことから、対話はスタートした。この企画は4つのブレイクアウトセッションで成り立っている。1stセッションは、「何らかの共通項がある」3〜5人のグループだ。私のグループは3人とも小学校教員経験者で、それぞれデンマーク、シンガポール、ブラジル等海外在住経験がある。この3人で喋った時の何となく「ほっとした感じ」が印象に残った。同質性は居心地の良さを作るのか…。この感覚を、最後のセッションで改めて振り返ることになる。時間は短く、あっと言う間に終了した。

続く2ndセッションでは「なぜそのようなコミュニティが欲しいのか」をテーマに4人で話した。今回は、住んでいる国も含め多様な背景を持つメンバーだった。「意味のない壁を越えて」「自由に、柔軟性を持った新い発展」「主体的な学びにつながる」「多様性の価値を認め合う」「みんなで助け合うチャレンジする」等のキーワードが飛び出した。オンラインのイベントや授業をすることにみんなが慣れたことによって、これからのコミュニティのあり方ってきっと変わるよね、対面でローカルな部分と、グローバルに広くつながる部分とのハイブリッドになるんじゃない?なんて話もした。もしかしたら、オンライン利用して広くつながるやり方の方がむしろ同質性の強いコミュニティができるのかもしれないな、なんて私はこの時ぼんやりと考えていた。

次は、未来のコミュニティについて4人で話した。ドイツと日本との地域コミュニティの参加のあり方の違いが話題になった。日本では自治会の様々な活動に参加することは平等で義務的な感じだが、ドイツではやりたい人がやることが当たり前になっているとのこと。無理もしない。一方、それはそれで崩壊しやすいという側面もあるのだが。

さらに、ドイツ在住の日系コミュニティやトルコのコミュニティがあることをご紹介いただく中で、それって言語や文化による繋がりなのかなあという意見が出た。言語文化などの同質性の強いコミュニティがある反面、多様性がぶつかり合う場面もあるよね、と。

一方ブラジルでは混血が進みすぎて「白人vs黒人」というような分断はあまりはっきり存在しないんです、と、私から紹介すると、「ブラジルは未来形なのかも」という意見をもらった。なるほど。そういえば私の今の勤務校には南米をルーツとする子どもがたくさんいるが、日本人も含め多少はそれぞれ違うことが当たり前になっている。違いがいじめの理由になることがあまりない。

このセッションでは5年後10年後の未来は、「コンフリクトが当たり前の(そういうことが起こることをネガティブに評価しない)社会!」というまとめになった。「でも日本では、5年10年じゃ無理かもよ」と笑い合って、和やかに終了した。

最後のセッションは「ただいまグループ」。1stセッションの3人と再会することになった。まずは笑顔で「ただいま」「おかえり」と声を掛け合った。何だかほっとする。

そして再びデンマークのことが話題になった。彼の地では「居心地の良さ」が常に意識されているとのこと。でもそれはデンマーク人だけの同質性から来る「居心地の良さ」なのかも、と。また北欧では税金が高く、意外にも難民に対してそれほど寛容なシステムにはなっていないとのことだ。

まとめは以下の通り:

「居心地のよいコミュニティも大切だが、居心地がよいとは同質性を前提としていないか?異質な人やものもあるなかで、どうやって居心地のよいコミュニティをつくるのかを考え続けることが大切なのでは。」

考え続けることを楽しみ、対話を重ねることで変化できるということ…。それは、頭で考えつつ、この企画の4つの短いセッションを通じても、実際に体験できていたことに、今になって何となく気づいた。

もう一つ気づいたことがある。いずれのグループでもコーディネートしてくれる役割の人がうまく参加者の発言を引き出し、的確にまとめてくれていたことだ。それは、同質であるか否かに関わりなく、確実にその場の「居心地の良さ」につながっていた。

最後のセッションで、

「コミュニティって何だろう? ソサエティとの違いは?」

と、まとめに書いているグループがあった。また新しいクエスチョンマークが頭の中に発生した。

そうだ。パーフェクトな正解を誰かから受け取るのではなく、考え続けることを楽しもう。この日考え続け対話を続けた1時間半で、「コミュニティ」という言葉の持つイメージは明らかに多様に豊かになっていた。頭の中に新しい、楽しい絵が生まれた。誰かにこの絵を見せたりコメントを言いあったり、さらには一緒に書き換えたりしていく…。そういう動的なクリエーションが可能な場所が、「コミュニティ」なのかもしれない。

3.その他

できるだけ海外からも参加していただけるように、開催開始時間を午後21時からとしたこともあり、ヨーロッパ、北米、アジアからご参加の方も含め、合計で29名の方にご参加いただきました。

全体で話を共有する時間を十分にとれない懸念があったため、Googleスプレッドシートを活用し、同じセッションで話せなかった人や、各グループでの対話の様子を可視化する試みを行いました。グループでの対話をふりかえりながら見ることもでき、可視化することの重要性を感じたとの声も委員からありました。

image:今回、この報告とは別に、イラストで報告記録も作りましたので、そちらもぜひご覧ください。

グループセッションからメインに戻られる参加者みなさんの顔が明るく、「話し足りない、もっと考えたい」というお声もありました。これを研究集会につなげていき、さらなる対話の機会にできればと思っています。