言語文化教育研究学会:Association for Language and Cultural Education

第1回 研究集会(2014年12月:大分)

テーマ:日本語教師の同僚性とは何か

  • 日時:2014年12月13日(土)13:00~17:00,14日(日)9:00~12:10
  • 会場:明日香日本語学校(大分県大分市東大道1丁目4番22号3階)[アクセス
  • 主催:言語文化教育研究学会+合同有意義会
  • チラシをダウンロード
  • 参加方法
  • プログラム――口頭発表概要を掲載
  • 本研究集会へのお問い合わせ:meeting@gbkk.jpn.org(研究集会事務局)

言語文化教育研究会は,本年7月25日をもって言語文化教育研究学会に改称しました。今後は,より多くの方々に開かれた学会として,問題意識や興味・関心の共通する言語教育研究者/実践者,および学会・研究会・勉強会との連携を進めてまいります。連携に向けた具体的な活動として,今後は国内外の様々な地域で研究集会を開催する予定です。第一弾として大分県にある明日香日本語学校にて「日本語教師の同僚性とは何か」をテーマに研究集会を開催します。

【記録】メッセージライブ「実践者として生きる――研究‐教育‐生活のデザイン」のやりとりについて

細川英雄,小畑美奈恵

大分の研究集会(2014年12月14日)でのメッセージライブでいただいたご意見,ご感想,またご質問を整理しまとめてみました。

各ご意見等を項目別に分け,ご質問を各項目の終わりに入れました。また,そのご質問への回答を△をつけて付しました(細川担当)。最後に,メッセージライブでのやりとり全体を振り返ったコメントを細川・小畑の順で書きました。ご参照ください。

1.「研究」‐「仕事」‐「生活」とのつながり,それを貫くテーマについて

  • 研究ということを切り離して考えていましたが,先生のお話を聞いて,とても刺激になりました。「異質な物に出会った時,それが更新される糧となる」といったようなお言葉がありましたが,とても心に響き,勇気をもらいました。
  • お話,大変興味深く聞かせていただきました。いつも「生活と仕事は切り離して考えなければならないのでは?」と考えていたので,細川先生のお話を聞いて,なるほど!と感じる部分が多くありました。自分は世間で言う「仕事を家に持ち込まない」を意識しすぎているステレオタイプの人間なのかもしれない,という発見もあり,とても勉強になりました。
  • お話は広く一般的に言えることなのだろうと思いました。その反面,日本語教師という,言葉を扱う「仕事」をしていることでの生活と仕事の関係なども考えてみたいと思いました。
  • なぜ自分がその研究をするのか,ということの重要性,「テーマは極めて主観的」,自分とテーマとの関係を語る,など先生のお言葉で“自分の研究”に対する迷いが晴れました。場合によっては,それが批判されることを覚悟の上で,自分史と仕事・生活・研究が重なることを良しとした実践をしていく勇気をいただきました。
  • 日本で働いている外国人です。社会の一員であり,外国人生活者,外国籍児童の保護者でもあるという「特殊」な位置付けがあって,それで,生活の中でも常に言葉・文化・コミュニケーションやidentityなど考えています。それは研究の内容,仕事の内容とつながっているところがあります。
  • 9月から,日本語教師から離れて,異なる仕事を始めました。今回のお話から,「仕事」と「研究」と「生活」との関わりについて,日本語教育から今は離れているので自分はどうつながっているのか,つながっていないのではないかと感じ,少なからずもやもやを感じていました。グループで話し,今の「仕事」も選択する時点で,自分のテーマとつながりが多少あるのかもしれないと思いました。これまでの自分とは違う環境にいることで,成長・更新されていないのでは,という不安がつきまとってしまいますが,これからどうすればよいのか,自分は何がしたいのかということを書き,語ることが必要かなと思いました。
  • その都度,研究テーマのようなものは自ら考えて授業をしていたつもりですが,全体的なつながり,関連性に欠けているところか(与えられたものをこなす作業になりがちなので)反省点としてあります。自分のテーマの次の輪は「仕事」ですが「生活」に置き換えることにやや罪悪感のようなものも感じてしまいます。
  • 実践のため,実践の裏付けとして研究活動がある,でしたが「研究」を「目標」と言い換えると細川先生のデザイン通りになると考えます。ただし,「自分誌」に辿り着くまでに相当な距離を感じます。最も意識しない領域が「自分」ですから。

質問

自分と社会と仕事とのつながりについて,すべて自分であるならテーマも自分自身。個人として切り離した(生活・研究・実践)はあるか?
△ ないはずなのに,切り離されたと感じるのはなぜでしょうね。
他の分野の研究者(物理,高分子化学etc.)の場合でも,研究・生活・仕事の共通テーマがあるかな,と知りたいです。
△ あるはずですね,それを探すのが人の一生でしょう。
生活,仕事,研究のテーマは重なってますが,それぞれ違うテーマです。その重なっているところをピックアップして,「自分のテーマ」にしたら良いでしょうか。
△ 表層的なそれぞれのテーマの奥にある,深いテーマを発見することです。
自分のテーマが仕事と研究を貫くことは,その通りではないか,またそうあるべきだと思いますが,生活まで貫くものになるのかは今イメージできません。生活にまで貫くテーマもあるとは思うのですが。
△ 濡れ落ち葉にならないにようにするために,よろしく。
研究・仕事(興味)・生活の三角形,あるいは自分誌を描く,というのは皆意識していなくても心の中に持っているのではないか。
△ (コメント(ほ)参照。)

2.「自分のテーマ」,問題意識を持つことについて

  • 抽象的な概念だったので,なかなか理解するのが難しかったです。「実践者」ということばの定義は何なのか,「自分のテーマ」とは人生におけるテーマを指すのか,日本語教育におけるテーマを指すのか等,自分自身が言葉の定義を理解し損なっていると感じながら聞いていたので難しかったのだと思いました。
  • 個人的には教師が研究したいと思うような問題意識をもっておくことが大切であるというお話には深く共感します。

質問

「自分のテーマ」=問題意識を持つ。ここ数年,仕事でも生活でも,問題が起こった時はその都度対処療法でその場しのぎだったので,「自分のテーマ」,「自分」が無い状態でした。でも,いざ「自分のテーマ」を決めるとなると,自分と向かい合っていなかったためか,全くテーマが見えてきません。テーマを決める,ということは難しいことなのでしょうか?容易なことでしょうか?テーマが欲しい!です。
△ 自分誌を書いてみましょう。
細川先生にとって自分のテーマを探し続けていくことが大切だということですか?変化や異質,というものにぶつかった時に感じる恐れ,不安は自分の中の固定概念が壁になっているということ?固定概念がなくなると自由になれますね。
△ そうですね,よろしく。
そもそも問題意識がなくて,研究はできるのでしょうか。どのような研究にもその人なりの問題意識/問題提起などがあるのではないでしょうか。
△ (コメント(ほ)参照。)
先生は,「問題意識を持つことが大切」とおっしゃっていたが,問題意識の無い研究というのが本当にあるのか。(問題意識を無意識にでも持っているのではないか。)
△ (コメント(ほ)参照。)

3.「研究」ということばのイメージと新たな発見

  • 研究と言うのを,論文を書いたり学会で発表したりするものだというイメージを持っていましたが,研究,生活,仕事が重なり合っているイメージを持つことができました。やはり,外に出ていろいろなお話を聞くことで自分を見つめ直すことができると感じました。
  • 研究している全ての人が自信を持って外に向かっているイメージがあり,自分にとってはハードルの高いものだと思っていましたが,不安が常に伴うものだとわかり,逆にテーマを見つけてみようかなという軽い気持ちになったような気がします。

質問

大学院生にとっては,研究とは仕事するための道具だと思い込んでいました。先生はどうお考えですか?
△ (コメント(ほ)参照。)

4.イメージに凝り固まっていたことへの気づき

  • 自分の中に固定されたイメージがあったことに改めて気付かされました。実践も研究も生活も仕事も,全ての中に自分と言う人間がいること。今まで「社会」「研究」と聞いただけで自分の力ではどうすることもできないと考えていましたが,それも自分の勝手な固定概念だったのだと…。頭をやわらかくし,今一度自分のテーマについて考えていきたいと思います。そして,それを他者と話すことで,また新しい自分を見つけていければと思います。
  • 知らず知らずに固まってしまっていた自分に気付かせていただきました。
  • 教えるということ,日本語教師としてのあり方など新たな視点で見つめ直していけると感じました。
  • 積極的に関わっていくことの重要性を痛感致しました。
  • 今日伺ったお話を時間をかけて消化し,今後の活動に生かしていきたいと思います。
  • 自分で思っていた以上に「こうしなければならない」と思いこんでいたことが多かった,ということに気付きました。自分で勝手に足かせを作って「できない」と思っていたというのが実態だったのかなと思います。
  • これまで,あるものに対して自分の中で勝手なイメージを作り上げ,自分とは縁遠いものだと,自分のカラの中に閉じこもっていたのだ…と今回の先生のお話を聞いて,気付かされました。そして,少しだけ,心が軽くなりました。
  • 「一人ひとりが異なる社会像を持っている」というのは「不安」という一面も確かにありますが,「違っていいんだ」と思えることは安心でもあるのかなと思いました。自分自身これまで私の知りえない「社会」や「常識」に対してプレッシャーを感じていたかもしれません。自分の持っている社会観を個人のものとして尊重できるようになれば,仕事や生活での他者との関わり方もよりオープンにしていけるような気がします。

5.公開性・公共性への志向について

  • 生活・仕事・研究の中でそれぞれに問題意識がありますが,他者とその問題を共有し,対話することで新たな気付きを得て,より大きい枠組みの中で,自分のテーマも明確になっていくのだと改めて思いました。また,対話を通して,より多くの人達に自分の問題意識を表現していく,公開していくことには不安も感じますが,細川先生がおっしゃったように,その,その不安をも楽しめるようになることが,また自己成長するための1つの大切なステップなんだと思いました。これからはもう少し他者へ自分を表現していこうと思います。
  • 今日のお話を聞き,自分や他者と対話することの大切さを再認識することができました。日々の仕事に追われ,余裕がなくなっていましたが,自分と自分のテーマについて語れるように心がけていきたいと思いました。
  • 自分誌を継続的に書く仕組みとして,メールマガジンの発行は非常に有効な手段だと改めて認識しました。(私事ですみません)
  • 日本語教師はパーソナルメディア(サイト,メルマガ,facebookなど)を持つことや,それを活用して継続的に自己開示をしていくことでパーソナルブランディングを図っていくこと,その有効性をもっと認識してもいいのではないかと思います。
  • 外に出て痛みを感じるリスクよりも,コンフォートゾーンに安住して「ゆでガエル」になってしまうリスクをもっと認識してはいかがでしょうか。
  • 普段授業で学習者に「もっと言葉を尽くして」と指導しておきながら,そのベクトルが自分に向くと「痛いので,ちょっと。」というのは教師としていかがなものか。
    △ 一般的な日本語教師を想定しての批判は,しょせん,一般論で終わってしまいますね。

質問

「同僚性」の話の中でも「痛み」という言葉で出てきたが,自分と自分のテーマの関係を意識化・深化させるために公開性・公共性への志向が必要というのはわかるが,自分の考えを公共の場に見せるというのは常に批判にさらされるということなので,それを実践するのは大変ではないか。(研究・仕事・生活を一体と考えるなら,なおさら)
△大変がつらいならば何もしなければいいでしょう,で,あなたは何がしたいか,です。どうしますか。
学生との対話が非常に重要であることはよく理解しているつもりではありますが,しかし,ときに教師として,あるいは人として「こうだ!!と言いきる」ことも必要なのではないか,と思うのですが,そういうとき,完全に突っぱねてしまうことはどうなのでしょうか。
△ まあ,自分の思うように,また好きなようにやってみてはどうでしょうか。

6.その他

細川先生の最新の実践をもっと知りたかった。
△ ホームページ等で随時更新していますので,ぜひご覧ください。でも,私の場合を含めて,最新の実践を知ってどうするのでしょうか。それも知りたいです。

7.対談者からのコメント

「なぜ」という問いから自分誌活動の実践へ(細川英雄)

今回のメッセージライブでは,研究,教育,生活が一体なものであるということを提案しましたが,それに対しては,いろいろなご意見をいただきました。

多くは,これまで自分がとらわれていた枠組みそのものが自分自身で作っていた固定観念によるものだと気づいてくださって楽になったというような感想をいただき,メッセージの一つは伝わったかなと思っています。

仕事と生活の一体化については,イメージが湧かないというご意見もいただきました。生活と仕事を切り離すという発想は,近代の,しかも高度経済発展の中で生まれたものですから,そうした生き方へのクリティカルな視点が必要だと思います。たとえば,定年後に何がしたいのかわからなくなって濡れ落ち葉になるという例がしばしば指摘されていますが,これは,仕事と生活を切り離した結果,自身の生活のテーマを持たなかった例として挙げられるでしょう。

研究,教育,生活のテーマは,表層的には異なっていても,その奥深いところで一つにつながっているはずですから,それを発見することが重要であると思われます。私が提案した自分誌を描くということは,自分とテーマの関係を考えることによって,その無意識のテーマを意識化するというところにあります。

あわせて,研究をするには,誰でもテーマを持っているはずだというご意見もあるように,すべての人はすべてのことにテーマを持っているはずです。ところが,その深層にある無意識のテーマに気づくには,それなりの意識的な活動が必要だということなのです。それを発見するために必要なものが,「なぜ?」という問いだということもお話ししました。

たとえば,誤用分析のようなことをテーマとする場合にも,「なぜ誤用なのか」という自分への問いが不可欠だということです。この問いのないまま,ただ先行研究を操作してデータを分析しても,何も出てきません。

一般的な研究の目的というのは,一般的にこういう問題があって,それを解決するために私はこういうアプローチをして,問題解決に貢献しますみたいなことなのかもしれないですけど,それでは,一般論しか語れません。そういうことではなくて,「なぜわたしは誤用分析をしなければならないのか」という問いを徹底的に自分に問うことなのです。

その答えは,学生の将来を考えたうえで誤用があると大きな差し支えがあるとか,誤用のせいで学生の外国語学習の差し支えになった,とか,というような他人事の話ではなく,自分自身が「誤用」という現象と向き合うことの意味と考えたらいいでしょうか。

ここで注意しなければならないのは,この「自分と向き合う」ということは,決してプライベートな話をするということではありません。発見したテーマと自分との関係を語ることなのですから,個人の経験や体験と無縁ではありませんが,その経験・体験そのものを語ることではないのです。

あくまでも「なぜ私は誤用と向き合うのか」という問題意識を明確にするということなのです。その結果,「誤用」そのものからテーマが変わるということもあるかもしれませんね(メールマガジン『ルビュ言語文化教育』521号参照)。そうすると,はじめは「誤用」という現象に注目していたのだけれど,その奥にある別のテーマに気づくということもあるわけです。つまり,自分が本当にやりたいことは何かということを発見するということなのです。

そして,その「「なぜ私は○○と向き合うのか」という問題意識」は,生活感覚の中での自分自身への問いでもあるわけですから,生活を基にしつつ,研究や教育のすべてにつながっているだろうということなのです。

繰り返せば,それらの一体化・一体性を自覚するのは,自分自身ですから,そのような自覚的な自分をどのように形成するかを考えなければならないでしょう。

これは分野・領域を問わず,絶えず行われていることだと思われます。かつてノーベル物理学賞を取った湯川秀樹がそのエッセイの中で同じようなことを書いていた記憶があります。ですから重要なのは,対象の中身に関する情報ではなく,「なぜそのテーマなのか」という自分自身の構えであり,この構えは,すべての人の共通するものであると同時に,その人を形成するものであると私は考えているのです。

だからこそ,ことばによる活動をとおして,それぞれのテーマに気づき,そのテーマの意味について考えること,これがことばの教育の具体的な目的であると私は思うのです。それが自分とテーマの関係を描くという自分誌活動実践によって見えてくると考えています。

人として生きて行くこと(小畑美奈恵)

今回のメッセージライブを細川先生と小畑との対談,という形で行うことになったのは,夏に細川先生にお会いした時に小畑が次々と細川先生に質問を投げかけたことがきっかけでした。その後,このメッセージライブを行うまでに何度も細川先生とやりとりをさせていただき「個人と社会の関係性について」,「公開性,社会性について」,「ことばの市民について」など,話し合いを重ねてきました。その中で,細川先生から「小畑さんは社会というものを固定的な枠組みとして考えているのかな」と投げかけられ,はっとしました。私の凝り固まった以前の考えでは,自己と他者と社会との関係性についても,自分があって,他者がいて,そしてみんなが同じように見ている大きな「社会」というものがある,と。そうではないんだ!全部,自分なんだ!一人ひとりが自分の目をとおして社会を見ている,自己=他者=社会なんだ!と気付いた時,だんだんと気持ちが楽になり,解放されていくのを感じました。

そして臨んだメッセージライブでしたが,細川先生とフロアの方々とのやりとりの中で,自分でも気付かぬうちに私は「不安」ということばを連発していました。きっとそれは「解放」を感じたと同時に,全ては自分にある,という自覚性に対する「責任」も感じてきたのだと思います。

研究‐教育‐生活が一体なものである,ということを,私は細川先生の生き方をもって教えていただきました。そこで気づいたことは,研究-教育-生活を一体にするためには,解放と同時に全責任を自分で負うという覚悟を持つことです。仕事と生活を切り離して,割り切って考えていた頃より,実はもっと大変なことなのかもしれません。人として生きて行く生活全般に渡って,自分が感じたこと,考えたことにもっと敏感に意識的になり,自覚し,自分の気持ちを逃さないこと,そしてそれを公開していくこと,それが私の「自分誌」の第一歩かなと考えています。

参加方法

どなたでもご参加になれます。特に大分近隣にお住まいの方は奮ってご参加ください。

  • 会員の方(参加費:無料)[入会案内
    1. 大会前日までに研究集会事務局(meeting@alce.jp)まで,メールでお申し込みください。
  • 非会員の方(参加費:1,000円)
    1. 大会前日までに研究集会事務局(meeting@alce.jp)まで,メールでお申し込みの上,下記の口座に参加費(1,000円)の納入をお願いします(※送金にかかわる手数料はご負担ください)。
      【ゆうちょ銀行で,入金手続きする場合】
      記号:00110-9
      番号:450275
      名義:言語文化教育研究学会
      【ゆうちょ銀行以外の金融機関で,入金手続きする場合】
      銀行名:ゆうちょ銀行(金融機関コード:9900)
      支店名:〇一九店(ゼロイチキユウ店,店番:019)
      口座種類:当座
      口座番号:0450275
      口座名義:言語文化教育研究学会
    2. 当日受付にて,入金票をご提示ください。

プログラム

12月13日(土)口頭発表
  • 発表20分,質疑応答20分です。
  • 希望者の発表概要を掲載しています。
13:00~13:40
「留学生チューター活動」の企画,実践,省察の過程にみる同僚性[概要
山本晋也(徳山大学)
13:45~14:25
誤用から学習へ――格助詞学習におけるメタ言語フィードバックの影響[概要
宮林賀奈子(ロンドン大学東洋アフリカ研究学院〈SOAS〉)
14:30~15:10
留学生の就職支援を考える――元留学生のライフストーリーから[概要
三代純平(武蔵野美術大学)
15:30〜16:10
地域日本語教室における日本語チューターに対する学習者の意識
張暁蘭(九州大学)
16:15~16:55
言語・文化・コミュニケーションと知識創造――活動型クラスにおける人々の「自己成長」をめぐって[概要
李暁燕(九州大学)
12月14日(日)
9:00~10:00
メッセージライブ「実践者として生きる――研究‐教育‐生活のデザイン」
話題提供: 細川英雄(言語文化教育研究学会代表理事,早稲田大学)
対談: 細川英雄×小畑美奈恵(明日香日本語学校)
フロアとのやりとり
記録: メッセージライブのやりとりについて
10:10~12:10
パネルディスカッション「日本語教師の同僚性」
パネリスト
  • 牛窪隆太(言語教育と実践を考える会,関西学院大学)
  • 古賀和恵(言語教育と実践を考える会,早稲田大学)
  • 小畑美奈恵(合同有意義会,明日香日本語学校)
  • 近藤有美(合同有意義会,名古屋外国語大学)

【発表者募集】締切2014年10月末
第1回研究集会(大分市,12月開催)

ことばと文化の教育に関する発表を募集します。発表を希望される方は,下記の申込先まで,メールにて1,200字程度の発表概要をお送りください。テーマに関する発表以外の発表も歓迎します。また,本研究集会では,互いの声が届きやすい場での深い議論を実現するため,一つの発表(20分)につき,通常より長い20分の議論の時間を取る予定です。

  • 発表申込締切:2014年10月末日!変更しました
  • 発表申込:meeting@gbkk.jpn.org(研究集会事務局)

※発表資格は不問です。どなたでもお申し込みになれます。奮ってご応募ください。本研究集会へのお問い合わせは,研究集会事務局(meeting@gbkk.jpn.org)まで。